ono-tetsu
ピアノ、作曲を担当。 バンマス。ライブのお誘いなど
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photo by Koji Ishizaki

モノレールと新幹線が相次いで開業し、オリンピックが華々しく開催された翌年、ホッと一息ついていた東京の真ん中でポロっと生を受ける。
幼少期は、自動車産業の創世記から開発者として携わる母方の祖父と、大学時代に自動車部に籍を置くほどのクルマ好きであった父親の影響を受け、ミニカーに囲まれつつ架空の交通網を夢想する日々を過ごす。
無類のクラシック音楽好きでもあった父の希望で、
小学校
に上がると同時にある著名なピアノ教師に師事するが、プロの演奏家になる宿命を背負わされた子どもたちが目の色を変えて競い合う中、勝ち目のない闘いに臨む気などさらさら無く、あくまでもマイペースを貫き通す。 その結果、卓越した技術を持つ少女たちがベートーヴェンやモーツァルトの難曲を次々と披露する発表会において、一人バルトークの「ミクロコスモス」を淡々と演奏する名誉にあずかり、それを機にヨーロッパ近現代音楽の虜となる。
中学時代
にはテクノポップブームが起こり、ヒカシューやプラスティックスのカッコよさに憧れ、
また高校時代は第一次のインディーズブームで、リザードやゼルダの危うく儚い世界と、町田町蔵や非常階段が示した底なしの恐怖に惹かれたが、このころ何にも増して強い衝撃を受けたのは偶然ラジオで耳にしたスティーヴ・ライヒの「ヴァイオリン・フェイズ」で、実験性と美、冷静さと狂気が衒いなく並び立つことを知り身震いした。 高校は筑波の研究学園都市にあり、寮の一室に幽閉され外界と隔絶した生活を送っていたが、
浪人生活を経て東京のスパイ養成大学に進学し、バブル期の大都会へと凱旋する。
ところが大学では肝心の外国語の授業について行けず、やむなく錬金術を学ぶゼミに在籍しながら、ラウンジリザーズを真似るという二重にフェイクなバンドを主宰する。 ノイズをテーマにした社会史的な卒論を書きつつも途中で投げ出し、
お情けで卒業させてもらった後は、世界の科学論文を蒐集しては高値で売り捌く仕事に就き、その傍らで演奏活動を続ける。 手の感触、ビデカズ、テール・スープ、オシツオサレツ、ビックEハーピーハモンドブラザーズ等々、様々な形式のバンドに携わり、仕事も国家機関への人身売買から売文業まで世の隙間を彷徨ってきたが、酒に関してはもっぱら日本酒党であり、とりわけ青森の地酒「田酒」には目がない。

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